早春の記録
The Sound of Moss
苔の音 ― 竹林を抜ける風が葉を揺らし、乾いた音を立てる。その足もとでは、苔だけが物音ひとつ立てずに広がっている。
歩を進めるたび、靴底が沈み込む感触だけが伝わってくる。竹のざわめきと苔の静寂——そのふたつが同じ場所に同居していることに、いつも驚かされる。耳を澄ませば澄ませるほど、聞こえてくるのは音ではなく、静けさそのものなのかもしれない。
Journal
苔をめぐる手記
Short Reflections
このジャーナルは、日本各地の苔庭や森の小径を訪ね歩くなかで生まれた、短い季節の観察と省察を集めたものです。統計でも記録でもなく、ただその場に立ち止まったときに感じた空気や音、光の揺らぎを、飾らない言葉で書き留めています。ページをめくるように、どうぞゆっくりとお読みください。
早春の記録
苔の音 ― 竹林を抜ける風が葉を揺らし、乾いた音を立てる。その足もとでは、苔だけが物音ひとつ立てずに広がっている。
歩を進めるたび、靴底が沈み込む感触だけが伝わってくる。竹のざわめきと苔の静寂——そのふたつが同じ場所に同居していることに、いつも驚かされる。耳を澄ませば澄ませるほど、聞こえてくるのは音ではなく、静けさそのものなのかもしれない。
松林にて
松と緑 ― まっすぐに伸びる松の幹の根もとに、いつからか苔が這い上がってきている。年月をかけて、木と苔はゆっくりと場所を分け合ってきたのだろう。
落ちた松葉が苔の表面にそっと積もり、赤茶と深緑が混ざり合う。硬く乾いた針葉と、柔らかく湿った苔——対照的な二つの質感が寄り添う様子を見ていると、自然のなかに争いはなく、ただ緩やかな譲り合いだけがあるのだと感じる。
渓流のほとりで
水の憩う場所 ― ゆるやかに流れる小川の中、苔に覆われた石が水面からわずかに顔を出している。流れは石を避けるようにして、また静かに合わさっていく。
石の上の苔は、乾くことも流されることもなく、そこにとどまり続けている。水の速さと苔の静止——動くものと動かないものが触れ合う境界に、しばらく腰を下ろして眺めていた。何も起こらないその時間こそが、実はいちばん豊かな時間だったのかもしれない。